諸先生法話

原発事故から、「もう五年」「まだ五年・・・」  真宗学寮教授  岡本法治

 あまりにも深い悲しみは、泣くことすらできないと言います。五年前の東日本大震災の地震や津波は、そのことを改めて教えてくれました。
 さらに東京電力の福島第一原子力発電所の事故により、故郷を奪われた人々、健康被害やその不安に悩む人々、家庭崩壊や地域崩壊に苦しむ人々がいます。 この問題をどのように考え、受けとめていったらよいのか、ご一緒に思索してゆきたいと思います。
 仏教では、因(いん)と縁(えん)と華(け)と果(か)という見方を教えてくれます。大きく分ければ、因と縁とが原因で、華と果とが結果です。
 さらに原因は、直接原因または根本的原因の「因」と、間接原因または補助的原因の「縁」に分けられます。
 また結果は、すぐに現象が現れる「華報(けほう)」と、ずいぶん時間が経って現れる「果報(かほう)」とに分けられます。また華報はこの世の結果、果報は死後に受ける結果ともいえます。
 喩えてみれば、ミカンの種を蒔き(因)、適当な太陽の光と雨が降り注いで(縁)、ミカンの芽が出て成長し、花が咲いて(華)、ミカンの実が実る(果)ようなものです。
 さらにこの原因には、多くの人がかかわっている共業(ぐうごう)と、個人的な問題である不共業(ふぐうごう)に分けられます。このような考え方は、私たちが何に悩んでいるのか、何に苦しんでいるのか、それを解決するためにはどうしたらいいのかを教えてくれます。
 東京電力の原発事故が起きたのはなぜか。それは、地震や津波によるものではありません。地震は縁であり、本当の原因は、原子力発電所を作り、動かしている電力会社があったからです。しかも地震が起きたら津波が襲ってくることがわかっていながら、十分な対策を行わなかったからでした。つまり地震は天災です(縁)が、原発事故は人災(因)です。電力会社の責任は大きいと思います。
 また電力会社がなぜ原子力発電所を作り、また事故後も電力は十分にあって、その必要もないのに再稼働しようとしているのか。これは、国の政策によるものです。従って日本国の政府、とくに経済産業省にはこの事故の責任があります。
 ところでなぜ日本は原子力発電所の建設や再稼働を止めることができないのか。これはアメリカと結んでいる原子力協定によっています。アメリカの同意がないと、原子力についての決定ができないように条約で決められているからです。しかもこの条約は、日本国憲法の上位にあります。日本人の人権よりも、日米原子力協定を守ることを優先させてきたのが、日本の最高裁判所での判例でした。(矢部宏治『日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか』集英社インターナショナル)
 とすれば、これを変えようと思えば簡単です。最高裁判所で、アメリカと結んでいるすべての条約は、日本国憲法の下位にあるという判例を出せばいいだけです。恐らく長い闘いの時間がかかると思いますが、方向性だけは見えてきました。
 また、日本国中で放射能の被害に遭っている方や、不安で悩んでいる方の問題の解決も明らかです。その責任を地震や津波に押しつけて、責任を取ろうとしない日本政府や東京電力にその責任があることを明確にし、はっきりとした謝罪と賠償を行わせることです。
 いまは、責任を取るべき立場の人が責任を取らないので、責任を負わなくてもよい人が、お金や考え方の違いによって互いに対立させられ、苦悩しているのです。
 国は、福島県を、①帰還困難区域、②居住制限区域、③避難指示解除準備区域、④それ以外、の四つに分けて、賠償金も変えて人々と地域を分断し、同じ放射能の被害を受けている人々が一緒になって声をあげることができない状況を作っています。仲のよい人をケンカさせるのは簡単です。お金の金額を分けるだけでいいのです。
 また少人数による会議を開き、汚染された食品を食べても安全であり、内部被曝の心配もないと、権威ある大学教授に講演させ、人々の危機意識を除こうとしています。これが国によるリスク・コミュニケーションです。
 しかしこれは、福島の人々の、「福島は大丈夫だ」と思いたい心につけいる、一種の洗脳でしかありません。本当のリスク・コミュニケーションは、放射能による健康被害を科学的なデータで伝え、それを避けるにはどのような方法があるかをともに学んでゆくことでしょう。放射能による健康被害は、専門家でも不明な点が多いのですから、学びながら解決方法を見つけてゆくしかありません。国がリスク・コミュニケーションと称しているものは、きわめて悪質です。 放射能は、東日本全体に飛び散り、今では日本中にその影響が現れていると考えられます。福島県だけの問題ではありません。大気中には、今も毎時1000万ベクレル近い放射能が放出され、海にも汚染水が流出し続けています。「風評被害」という言葉で、放射能汚染による健康被害の実害を隠すのは、止めましょう。
 福島県の検討委員会の発表では、子どもの甲状腺ガンは昨年末に116人が確定し、手術を受けています。疑いは50人です。(2016年2月15日)8月31日の発表では、疑いも含めて137人だったのが、さらに増えています。
 福島中通りの20才の女性は、県の甲状腺検査で異常が見つかり、手術を受けました。その後、大学に入学しましたが、リンパや肺に転移したことがわかり、大学を退学して手術を受け、現在闘病中ということが報道されています。(2015年9月11日発売、フライデー)
 子どもの甲状腺ガンは、100万人に数人と言われています。福島県の38万人を調査しただけで、この多発は異常であり、しかも今後もっと増加することが予想されます。しかし未だに国も県も放射能の影響であるとは認めていません。検討委員会は、放射能の影響とは考えにくいと言うだけで、多発の理由を説明していません。政府は、スクーリニング効果と言いますが、詳しく調べたから見つかったのであれば他県でも同様な手術例がなければおかしいでしょう。
 原発事故によっても、子どもが甲状腺ガンにならない方法は、早めに安定ヨウ素剤を飲むことです。しかし国は、福島県の各市町村に配布していながら、それを服用することを禁止していました。
 また福島で高校生に発病する人が多かったのは、県立高校の合格発表の日に、雪とともに放射性ヨウ素131が降るなかで、子どもたちを外に立たせていたことによると思われます。文部科学省は、113億円かけて開発したスピーディ(SPEEDI緊急時迅速放射能影響予測ネットワーク)によって、まさに放射能が降っていることを知りながら、学校に何の連絡も警報も行わなかったのです。
 さらに福島県の県民健康管理調査の検討委員会は、会議に先だって一年半にわたり「秘密会」を開き、調査結果についての見解をすり合わせて、ガン発生と原発事故との因果関係はないと発表してきました。(日野行介『福島原発事故県民健康管理調査の闇』、岩波新書)
 しかもこの健康調査は、一巡目は県立医科大学以外には認めなかったので、医師が足らず、一人五分の診察で、親の同席も拒否する、酷いものでした。その診断の結果は、一枚の紙で郵送され、説明は一切ありませんでした。最初の検査で問題ないとされた子どものなかで、新たにガンの確定が16人、疑いが35人も見つかったのは、見落としていた可能性が高いのです。しかし県は、セカンド・オピニオンも禁止していました。これらはすべて、国や県による犯罪と言っても過言ではありません。
 放射能の影響は、甲状腺だけではなく、目や心臓や、脳などの全身に現れることが医学的には知られています。内部被曝を含め、長期間の低線量被曝による健康への被害が、東京電力による原発事故の問題の本質で有ると言えます。
 広島のヒバクも、初期の熱線による被爆とあわせて、内部被曝を含め長期間の低線量被曝による健康被害であったと思われます。
 これらの被曝を避けるには、食品に気をつけ、一年に一度は保養に出かけることが有効でしょう。そのための費用は、国が負担すべきです。
 このように、いま現れている現象の根本原因は何かを考え、それを解決するにはどうしたらよいかを思惟してゆくのが、仏教的な考え方です。
 お釈迦さまの時代には既に貨幣経済が発達し、十六大国が並び立ち、互いに覇権を争っていました。その二大国がマガダ国とコーサラ国です。やがてマガダ国が北インドを統一し、初代の王朝を築いていく過渡期に当たっていました。その中で、釈迦族は滅ぼされてゆきます。お釈迦さまの晩年でした。
 お釈迦さまが問題とされたのは、人はなぜ争うのか、なぜ傷つけあうのか、なぜ殺し合うのか、これを解決する方法はないのか、という人類共通の課題です。
 そしてその解決方法が、「縁起」でした。物事は、因と縁と果によって成立している。縁によって、果が現れ、因を知る。今、地震という縁によって原発事故という結果が現れたのは、杜撰な原発管理が行われていたからでした。現代は、今まで隠されていたことが露わになる、新しい時代の出発点といえるでしょう。だから恐れることなく真正面から物事を見つめて生きてゆきなさい、そこに問題解決への道があります。これがお釈迦さまが説かれた、縁起という生き方です。
 なもあみだぶつ。合掌
(2016年3月11日、原発事故5周年の日に)

「世の中 安穏なれ」  呉市 西教寺  岩崎 正衛

 「七十年 不戦の空の あげ雲雀(ひばり)」という句があります。昭和二十年の敗戦以来、わが日本は、七十年間、戦争をしていません。これほどの大国が、七十年間も、戦争をしなかった、ということは、世界史上でも例を見ません。まことに稀有なことであります。
 のんびりと、平和な空に、あげ雲雀が舞っているという、まことに穏やかな風情であります。
 ところが、プロシアの鉄血宰相ビスマルクは、「平和とは、次の戦争への、準備期間である」という、有名なセリフを吐いています。まこと、ドイツとフランスとは、1870(明治3)年の「普仏戦争」以来、1914(大正3)年からの「第一次世界大戦」、1939(昭和14)年からの「第二次世界大戦」へと、七十年間に、三度も大戦を経験しています。
 凧を揚げて、雷が電気であることを証明したフランクリンが、有名な「よい戦争、わるい平和が、あったためしがない」とのせりふをものしました。 また、イギリスの作家ジョージ・ウォーエルは、戦争の目的は勝敗ではなく「戦時体制の維持である」と指摘しています。
 そうですネ、はやばやと勝敗が決まって戦争が終わってしまっては困るのです。いまの日本は戦争こそしていませんが、いつ戦争がはじまってもよいように、(安倍さんor為政者)は準備おさおさおこたりないのです。
 1950(昭和25)年はちょうど二十世紀の半ばであり、今度の戦争が終わっての五年目という節目でもあるので、世界中あげて平和的行事を行おうと、世界中が希望に胸をふくらませていたのです。
 ところがどっこい、六月二十五日あのとんでもない朝鮮戦争が始まったのです。今日でも朝鮮は南北に分断され戦争状態なのです。
 このように、人間はおたがい、欲に目がくらんだら何をしでかすか分かりません。他人ではない私を含めて「よろずのこと みなもってそらごとたわごと まことあることなきに ただ念仏 のみぞまことにておはします」とおっしゃった親鸞聖人のおことばはまことに身に染みてありがたくいただけるのですが、「ただ念仏のみぞまことにておはします」の「念仏」とは一体何でしょうか? ともすると「念仏」を知らなくても、この言葉を引用するだけで片付けてしまいがちです。しかしながら、この「念仏」は、阿弥陀様の御救いであると同時に、御救いを頂いた凡夫の勇気ある様々な報謝の行動が統一されたものであるべきです。逆を言えば、この統一された「まことの念仏」から色々な報謝の活動が多様化されてこそ「念仏のみぞまこと」と言えるのではないでしょうか。
 また「念仏」は難行に対する易行であります。難行はできれば素晴らしいですが、なかなか誰にでもできるものではありません。そして出来ない時に色々な言い訳がたちやすいところが陥穽であります。一方念仏はとても易しいだけに、しない時に言い訳がたちにくいのであります。つまり、易しいことほどその人のしようとする意志が問われるのです。こう考えますと、私たちは色々なしがらみの中で「まことの念仏」を実践することがとても難しいのですが、自分の意志以外の色々な事柄の所為にして、自分にその意思が最も欠如していることを棚に上げてしまいがちであることが見えてまいります。
 平和は非常にわかりにくく目に見えにくいものであり、平和のための努力もしにくいものですが、平和の中に潜んでいる戦争の芽を洞察して、念仏者として過去を反省しつつも過去に囚われず、目的論的に人類の幸福と世界の平和の為に、まことの念仏の道を共に歩める仲間づくりに努めたいと思います。
合掌

真実のみ法に帰依する生き方こそ  広島市東区 覚法寺   花田 哲朗

  

日の良し悪し語呂合わせ
 「友引の日にお葬式をしたらまた人が亡くなりました。みんなが悪いということはしない方がよいのではないでしょうか」などと、日柄の良し悪しを言う人は案外多く、この場合は友引を「友を引く」と語呂を合わせ、この日に葬式をしてはいけないというようになったのです。
 どうしてもこの日でないと都合が悪い時には、人形を棺の中に入れて「友を引っ張らせた」ことにするのですから、もともと大した威力はないのです。葬式に関する迷信はいろいろ有り、死んだ人が舞い戻ってたたってはいけないので、「あなたが還ってきても生活の場は在りませんよ」と、生前使った茶碗を割るとか、出棺の時に棺を三べん回して出す地方も有ったそうですが、これは死んだ人の目を回すためだそうです。
 火葬から帰った時に「清め塩」を使うのは、死を汚れと視るところから出ているようですが、浄土真宗では死を汚れとはみません。この世から救われ浄土で仏とならせていただく身です。死を汚れとみるのは、死んだら遺体は腐敗をはじめ、異臭と共に黒い死相が広がります。古代これを「黒不浄」として、最も忌み嫌ったことにさかのぼるでしょう。
 やがて四十九日(満中陰)になりますが「四十九日が三月越しになってはいけない」というのは「始終苦が身につく」という語呂合わせです。月の半ばを過ぎて亡くなられた方の場合は、みな三月越しということになります。言葉の遊びのようなものだという人も有りますが、たたり・怖れが絡んでくると自分は信じないが、人が嫌がることはしない方がよいと流されてしまうのではないでしょうか。
 結婚式は大安の日に集中し、混雑しますが、仏滅の日は嫌われるようで「ゆっくりしていただけます」とホテルの人から聞いたことが有ります。

六  曜
 先勝・友引・先負・仏滅・大安・赤口の六つを六曜または六輝とも孔明六曜星ともいいます。中国で始まって、韓国や日本に伝わったものです。時代によって言い方や順番も変わってきたようですが、公認されたことはなく、官暦にはどの国でも掲載されたことはないそうです。
 こんなご法事の相談電話もありました。
「××日の日曜日が都合が良かったのですが、暦を見ると友引になっているのです。友引の日にはできませんし・・・」
   「友引の日のご法事がいけないとは、聞いた事が有りませんね」
「でも、これは仏教で言うのではないですか。仏滅というのもあるじゃないですか」
「それは六曜といいましてね。暦の日を六通りの吉凶に分け、日の良し悪しを言い出したのは中国で始まったのですが、仏教とは関係ないです。日本に入ってきたのは室町時代といわれますが、はやり出したのは江戸末期あたりからで友引・仏滅も元は共引・物滅と書いたそうですよ」
「そうですか?私らの方では、友引の日は葬式をしませんし火葬場も休みますから、仏教のしきたりかと思いましたよ。それで共引・物滅と書けば意味も変わるのですか?」
「そうですよ。共引は引き分けの意味だし、仏滅は釈尊が涅槃のさとりに入られたことをいいますから、物が滅びる物滅とは関係がありません」
 六曜は諸葛孔明が攻守を占う兵法の言葉として始めたという説もある様ですが、当てにはなりません。しかし戦いや争いには大いに関わりの有る言葉です。
先勝 先にしかけた方が勝つ。
共引 勝負がつかず共に引く。
先負 先にしかけて負ける。
物滅 戦争は最大の資源消費・環境破壊
大安 戦争のない日は、大いに安らか。
赤口 負傷すれば身は鮮血で染まる。失血は命に関わる汚れで「赤不浄」という。
 それぞれの日によって「○○はしてもよいが◇◇ をしてはならない」という忌みごとがあり例えば 赤口日は正午のみ吉。公事・訴訟・契約には凶の日」 といった具合です。あるいは二十八宿・十二支・九 星とかの吉凶相性までこだわる人もありますが、都 合の良い日は年に何日あるでしょう。

門徒物知らず
 昔、日柄や語呂をことに気にしている男がいました。暦を見て「今日は野菜の種まきに都合のよい日」と準備をしていたら、近所の娘さんが頬を押さえてやって来ました。「どうしたの」と聞くと「歯が痛むの」と言います。「種をまいても葉が傷んではな」と気になりだしました。やがて治療を終えて帰ってきた娘さんに「どうだった」と聞くと「虫歯です。虫に歯を食われたんです」と言いました。虫に葉を食われるようではいけないと、男は仕事をやめました。
 次の吉日、誰とも口をきかぬ決心をして作業を始めました。通りかかった知人が「おはよう」と声をかけました。「・・・」「一体どうしたのかね。私が挨拶しているのに、聞こえないのかい」と問われ「実はこうこう」と答えますと、「そんな根も葉もないことを」と、笑われてしまいました。根も葉も出ないようではもうだめと、その年は種まきができなかったとか、作り話かも知れませんが他愛ないお話です。
 「門徒物知らず」と昔から言われます。本来は「真宗門徒は物忌みを知らない」と、他宗旨の人たちからいわれたのですが、今は門徒でありながら、自分の宗旨をあまりわきまえていない人をいう言葉になっていないでしょうか。昔の篤信な人たちには、どんな困難なことも逆縁として「ようこそ」と乗り越えて生きた姿勢があります。
 二度とない人生を、わざわざ困難な狭い道にすることはありません。迷信に縛られない社会はどのようにすれば実現するのでしょうか。
 一人一人が正しい宗教的な理性に目覚めるほかは有りません。「日々是れ好日」、昔から良い言葉も伝えられています。今日という日は私の人生の一番新しい日、旅立ちの日です。どんな旅でもその目的と帰すべき処が無かったら旅とは言えません。限りのある寿命をやり直すことは誰にもできませんが、見直して生きることができるのです。この人生の旅の目的、私たちは何に出会うために人として生まれてきたのでしょうか。この旅を終えてどこへ帰ろうとしているのでしょうか。罪深く悪重いこの身が、阿弥陀様の限りない智慧と慈悲のお心とはたらきに出逢いその世界お浄土に還らせていただく旅の一日が 今日という日でした。
 浄土真宗の教章(私の歩む道)に示された「親鸞聖人の教えにみちびかれて、阿弥陀如来のみ心を聞き、念仏を称えつつ、つねにわが身をふりかえり、慚愧と歓喜のうちに、現世祈祷などにたよることなく御恩報謝の生活を送る。」真実のみ法・仏法に帰依する生き方を大切にいたしましょう。