ある日 森の中

江田島町   瀬戸垣内 清美

「あるひ もりのなか くまさんに であった~」

誰でもよく知っている『森の熊さん』。いつもは大勢の友達と一緒に楽しく歌っています。ところが最近、私はこの歌に勇気をもらった体験をしました。

それは夏の始まりの頃。広島県の北部に吾妻山という山に一人で出掛けた時のことです。山頂までは下から登って来る人、山頂から下って来る人にあいさつを交わしながら、一時間位かけてゆっくり山頂に着きました。

しばらくは山頂からの景色と高山植物に囲まれて、登山気分を味わっていました。ふと気がつけば時計は午後二時をまわっています。そろそろ下りなくてはなりません。今来た道を通って帰るか、それとも反対側の少し廻り道になるけれどそっちの道を通るか、迷いましたが、前に一度通ったことのある反対側の道を選びました。

山頂付近は尾根伝いなので周りがよく見え、迷うことなく順調に下っていきました。

しばらくすると人影がまばらになり、木も生い茂って見通しが悪くなってきました。それもそのはず、すでに午後三時。太陽も西に傾き、次第に心に焦りが出てきました。下りても下りても山の中。一向に麓の道に出られません。もしかしたら道を誤っているかもしれない。どこかで標識を見落としたのかしら。ポケットから地図を取り出し、確認してみます。そういえば、ここは西中国山地一帯で、月の輪グマが出没するという事を聞いたことがある、もし熊に遭遇したら、これまた大変。いろいろな不安が一度に頭に浮かんできて、ますます心細く、足は自然に早足になっていました。

誰もいない山の中でせめて熊に遇わないで済む方法。それは自分の居場所を知らせる事、と聞いたことがあります。それならばと、まず「キミョームリョージュニョライーナモフカシギコォー~」口ずさんでみました。一~二回と称えていたのですが、駆け足のテンポに合いません。そこで思いついたのが『森の熊さん』の歌でした。五番まであって、しかも物語りになっています。物語をたどって歌詞を思い出しながら、大声で歌ってみました。そうすると、だんだん足取りが軽く感じられる


投稿日: 2020年12月29日 カテゴリー: 法話|瀬戸垣内 タグ: